俺は自分の葬儀に出席している。
正確には、村の広場に集まった三百人が、俺の死を望んでいる。松明の光が揺れるたびに影が膨らんで、その全員の顔が知っている顔だった。昨日まで一緒に飯を食った男。去年、娘の出産を手伝ってやった女。十年間、俺が背中を預けて戦い続けた仲間たち。
俺の名前はレイン。
今朝まで「光の勇者」と呼ばれていた。
「追放」
村長のサンドロが羊皮紙を広げて、その一言を読み上げたとき、俺は最初、聞き間違いだと思った。
「レイン・アッシュフォード。神殿評議会の全会一致により、本日をもって勇者の称号を剥奪。ヴェルタ王国全域への立ち入りを永久に禁ずる。違反した場合は即時討伐を許可する」
サンドロは俺の目を見なかった。
副官のゼキが俺の腰から剣を抜いた。鞘ごと持っていかれた。十二年間、俺とともに百を超える魔物を倒してきた剣だ。ゼキは俺の目を見た。謝罪の色は、なかった。
「理由を聞かせてくれ」
俺は落ち着いた声で言った。実際、落ち着いていた。頭が状況を理解することを、どこかで拒んでいた。
「お前が魔王と密約を結んでいたからだ」
サンドロがようやく俺を見た。
「証拠がある」
証拠というのは、俺の筆跡で書かれた手紙だった。
内容は――魔王との停戦協定。人間側の防衛拠点の場所。次の魔物の侵攻ルートを「手引きした」という記録。
俺はその手紙を見た瞬間、二つのことに気づいた。
一つ。俺はそんな手紙を書いていない。
二つ。筆跡は本物だ。
この二つが同時に成立するという事実が、俺の頭の中で静かに爆発した。
「これは偽造だ」
「神聖魔法の鑑定を三回受けた。偽造の反応は出ていない」
「それは――」
「レイン」
ゼキが俺の名前を呼んだ。これまで、ゼキが俺をそう呼んだことはない。いつも「隊長」だった。
「神殿の神託に、お前の裏切りが示されていた。神官長が直接確認している。それが全てだ」
神託。
俺は唇を噛んだ。
この世界では、神託は絶対だ。覆せない。覆した人間を、歴史上誰も見たことがない。なぜなら神託に逆らった瞬間、その人間は神の怒りに触れ――という話を、俺は信じていなかった。十二年前から、ずっと。
でも、今は使えない。
「分かった」
俺は言った。
「行く」
サンドロが少し驚いた顔をした。暴れると思っていたのかもしれない。三百人の中に、少しだけ動揺の波が広がった。俺はその波を背中で感じながら、広場を出た。
誰も、見送らなかった。
国境の石碑を越えたとき、初めて手が震えた。
俺は二十八年生きてきた。十六歳で勇者に選ばれ、十二年間、この国のために戦った。死にかけたのは数えきれない。仲間が死ぬのを見た。何かを守るたびに、何かを失ってきた。
それが全部、嘘だったということになった。
俺は石碑の横に座り込んで、手紙のことを考えた。
筆跡が本物で、偽造の反応がなかった。それが意味することは一つしかない。俺は確かにあの手紙を書いた。でも、書いた記憶がない。
記憶がない、というのは正確ではない。
あの手紙と同じ日付の記憶が、俺にはある。でも内容が全く違う。俺の記憶では、その日、俺は東の山脈で山崩れに埋もれた村人を救出していた。
どちらかが偽物だ。
俺の記憶か、あの手紙か。
神聖魔法の鑑定が嘘をつかないなら、偽物は俺の記憶の方だということになる。
俺は長い間、空を見ていた。
この世界の空は二つの月がある。大きな白い月と、小さな赤い月。今夜は赤い月だけが出ていた。不吉の象徴とされる月だ。勇者時代、俺はそういう迷信を笑い飛ばしていた。
今は笑えなかった。
三日後、俺は廃村に辿り着いた。
かつて魔物の侵攻で滅んだ村だ。十年前、俺が救えなかった村でもある。あのとき俺は間に合わなかった。間に合わなかった理由を、俺はずっと「情報が遅れたせいだ」と思っていた。
廃村の井戸の横に、人が座っていた。
フードを深く被っていたが、俺にはすぐ分かった。
世界に一人しかいない、あの気配。
「待っていた」
フードの下から声がした。低くて静かな、女の声。
「ミラ」
俺は言った。
十二年前、神に愛された「闇の魔女」。俺が自らの手で、魔王の城の奥深くに封印した女。
生きていた。
「なぜここに」
「お前に会いに来た」ミラはフードを脱いだ。十二年前と、全く変わっていない顔だった。「というより、ずっと監視していた」
「封印は」
「解けた。三日前に」
三日前。俺が追放された日だ。
「偶然じゃないな」
「当然。連動している」ミラは立ち上がった。「レイン。お前は十二年間、ずっと嘘をつかされていた」
俺は黙っていた。
「あの手紙はお前が書いた。でも書いたのは本当のお前じゃない」
「どういう意味だ」
「お前の中に、もう一つの人格がある。神殿が十二年前に植えつけた」
世界が、ゆっくり回転した気がした。
「勇者を道具として使うために、神殿は選ばれた人間の記憶と人格を分割する。表の人格が戦士として機能している間、裏の人格が情報工作や暗殺を担当する。二つの人格は互いの行動を知らない。神聖魔法の鑑定も、神託も、どちらも嘘をついていない。なぜなら裏の人格も本物のお前だから」
「それなら俺は」
「表のお前は何も知らずに戦い続けた。でも裏のお前は、神殿に命じられるまま、ずっと動いていた」
俺は十二年間の記憶を、猛烈な速さでたどった。
説明がつかなかった出来事がある。いくつも。疲れた覚えのない翌朝に、なぜか傷があった日。知らないはずの場所の地図を、なぜか正確に描けた夜。仲間の一人が俺の目を見て「お前は怖い」と言って、翌日何事もなかったように笑っていた朝。
全部、裏の人格が動いていた日だったのか。
「封印を解いたのはお前か」
「そうだ」ミラは俺の目を見た。「お前に話すために。そして頼みがある」
「神殿を潰せ、ということか」
「違う」
ミラは首を振った。
「裏の人格を、表に出せ」
俺は息を止めた。
「お前は今、裏の人格の存在を知った。それだけで状況は変わる。次に裏の人格が表に出てきたとき、今度はお前が気づける可能性がある。もし裏の人格と対話できれば――」
「待ってくれ」
俺は手を上げた。
「お前は封印されていた十二年間、俺を監視していたと言った。なぜそれができた。封印された存在が外を観察できるはずがない」
ミラが少し黙った。
その沈黙の形が、俺には分かった。
「ミラ。お前は俺に全部話したか」
ミラはゆっくり息を吐いた。
「……お前は鋭いな、相変わらず」
「何を隠している」
「今は話せない。お前が裏の人格と接触してからでないと、話す意味がない」
俺は廃村の景色を見渡した。十年前、俺が救えなかった場所。瓦礫の間に、誰かが植えたらしい野草が生えていた。
「一つだけ聞かせてくれ」
「何だ」
「裏の人格は俺の敵か」
ミラはしばらく考えた。
「分からない」と彼女は言った。「でも、たぶん――お前より正直だ」
赤い月が雲に隠れた。
俺の中の何かが、その瞬間、静かに目を開けた気がした。
まだ言葉はなかった。でも確かにそこにいた。
俺は長い間、立ったまま動けなかった。
追放された男が次に戦う相手は、魔王でも神殿でもなく――

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